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東京高等裁判所 昭和43年(ラ)597号 決定

抗告人 吉野松雄

相手方 丸王工業株式会社

主文

原決定および静岡地方裁判所富士支部が昭和四三年二月二六日に別紙目録〈省略〉記載の建物について発した不動産引渡命令を取り消す。

相手方の本件申立を却下する。

手続費用は相手方の負担とする。

理由

抗告人は本件抗告の趣旨として「原裁判を取り消す。本件不動産引渡命令申立を却下する。」との裁判を求め、その抗告の理由は末尾添付別紙記載のとおりである。

よつて案ずるに、静岡地方裁判所富士支部昭和三二年(ケ)第六四号不動産競売事件(以下本件競売事件という。)の記録によれば、抗告人は債務者富士化学工業株式会社の債権者株式会社駿河銀行に対して負担する債務につき連帯保証人となつた上、更に別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)につき昭和二八年五月七日付根抵当権設定契約に基き根抵当権を右債権者銀行のために設定し、同日付でその旨の登記を了したこと、富士郡鷹岡町は昭和二九年八月一三日本件建物につき町税滞納処分による差押をなし、同月二三日付でその旨の登記を了したこと、抗告人は吉野大治に対する昭和三二年一月二〇日付贈与を原因として同年二月一日付で本件建物の所有権移転登記を了したこと、静岡地方裁判所富士支部は、同年一〇月九日付の前記銀行の根抵当権に基く競売申立により同月一一日本件建物につき競売手続開始決定をなし、同月一五日競売申立記入の登記を了したこと、同裁判所は右鷹岡町の差押と本件競売手続との調整の関係上、同年一一月二二日本件競売手続続行の決定をなしたこと、相手方は昭和三五年三月三一日の競売期日に於いて本件建物を競落し、昭和四〇年四月二二日競落許可の決定を受けたこと、右競落許可決定はその後確定し、相手方において昭和四二年六月三〇日競落代金全額の支払をなしたこと、前記滞納処分にかかる町税債権は昭和四三年二月五日配当を受けて消滅したこと、主文記載の本件不動産引渡命令は同月二六日に発せられ、その正本は同年六月一〇日抗告人に送達されたことが認められる。

結局抗告人は本件競売手続上の債務者ではあるが、競売手続上の所有者ではないことが明らかである。また抗告人が所有者吉野大治の一般承継人であることを認めるに足る資料もない。

不動産引渡命令を債務者(債務者と所有者が異る場合は所有者、従つて本件の場合には所有者)及びその一般承継人以外の第三者たる占有者を相手方として発しうるかについては争いがあるが、かかる第三者の占有権原の有無、内容、その競落人に対する対抗の可否及び占有開始時期等の調査を競売裁判所に期待することの不当性及び引渡命令を発し得る相手方の範囲を広く解することについての明白かつ特別の規定がないこと等を考えるときは、むしろこれを限定的に解し、競売手続上、競落人に対して売主の立場に立つと解される債務者(債務者と所有者が異る場合は所有者)又はその一般承継人が占有者である場合にのみ、これを相手方として不動産引渡命令を許すべきであると考えるのが相当である。

そうすると、競売手続上の所有者又はその一般承継人と認めることのできない抗告人に対する本件不動産引渡命令は、失当であり、本件抗告は理由がある。

よつて右と見解を異にする原決定を取り消し、費用の負担につき、民事訴訟法第四一四条、第九六条及び第八九条を適用して主文の通り決定する。

(裁判官 中西彦二郎 兼築義春 稲田輝明)

別紙一

抗告の理由

一、抗告人所有の別紙目録記載の不動産(以下本件不動産とよぶ)につき抗告人は昭和二八年三月七日に株式会社駿河銀行に対し抵当権を設定し、同三二年一〇月一一日、右抵当権に基づく競売開始決定がなされ、同三五年三月三一日に被抗告人が競落許可決定を得、更に静岡地方裁判所富士支部は同四三年二月二六日昭和四三年(ヲ)第一四号をもつて抗告人に対する本件不動産引渡命令を発した。

二、しかし、この引渡命令は違法なものである。

なぜなら、本件不動産については、競売手続開始前である昭和三二年一月二〇日抗告人より抗告外吉野大治に所有権譲渡せられた。

そして右同日頃本件建物については右吉野大治より一部を抗告人に使用貸借せられ、他の一部は抗告外富士産業株式会社富士化学工業株式会社に各々賃借せられた。

従つて本件不動産引渡命令は抗告人に対してなされるべきものではない。

引渡命令は競売の効力発生時の所有者即ち吉野大治に対しなされなければならない。

競売開始以前から本件不動産の占有をしている前記抗告人、富士産業株式会社、富士化学工業株式会社らに対しては、競落人が明渡の訴訟を求め、その判決を得ない限り、明渡の執行は許されない。

これは従来の判例の立場でもある(東京地裁三一、七、一〇決定、三一年二月六日神戸地裁決定)これは判決の場合と対比しても正当である。なぜなら判決の場合も口頭弁論終結前の占有者に対してはその者を被告人にしない限り明渡の既判力は及ばないからである。

より強力な判決の場合ですらそうであるのだから引渡命令の場合は尚更この理論は貫徹されねばならない。

三、しかるに、静岡地方裁判所富士支部は、本件引渡命令に対する右支部に対する右の如き理由に基く異議の申立に対し、昭和四三年八月七日棄却する決定をなし、その正本は同月二二日抗告人に送達された。

四、右決定は、前記の如く抗告人が本来引渡命令を受くべき者でない事を看過し判例にも違反してなされたものであるからここにその取消を申立てる。

別紙二

即時抗告書補充書

一、本件建物は本件抵当権設定後競売開始前に抵当権設定者吉野松雄より抗告外吉野大治に所有権が譲渡せられ、更に右吉野大治は本件建物を抗告人および、抗告外富士産業株式会社に賃貸した。

二、本来、競落不動産の引渡命令は、抵当権設定者に発せられるべきものである(この点従来の現所有者吉野大治になされるべきものと主張を訂正する)。

第三者に対し引渡命令が発する事ができるのは執行債務者の一般承継人および競売開始決定による差押の効力発生後に競落不動産の占有を執行債務者から特定承継した者に対してだけである。

これは実務の通説である(福岡高決S29・4・30、神戸地決S31・2・6等)。

これは判決に基く強制執行が口頭弁論終結前の訴訟物の特定承継人に対してはできず、終結後の特定承継人に対してはできる事の対比および引渡命令が裁判の効力より強かるべきでない事からして正しい結論である。

三、しかして本件の場合、

本件競売開始前に本件建物の所有権は抗告人から抗告外吉野大治に譲渡されている。

従つて、抗告人は競売開始時に所有権者ではなくなつているので抗告人に対し引渡命令を発する事はできない。

蓋し、執行債務者に引渡命令が可能なのは、彼が依然として所有権者として目的物を占有している場合だからである。

本件においては、抗告人は、競売開始決定時には所有権を喪失している。

そして、抗告人が本件建物を一部占有しているのは、競売開始決定前の特定承継人としての地位――即ち、従前の所有権者としてではなく賃借権に基く特定承継人として占有しているのである。

このことは、抗告人を全然別の他人におきかえてみたらはつきりする。

もし別の他人なら、彼は競売開始決定前の特定承継人だから引渡命令は発しえない。

本件はたまたま執行債務者と特定承継人が一致したわけであるが、同じ占有者でも占有権限が全く異なり、従前の占有の継続ではなく、現在の占有権限は全く別の、賃借権に基づくのだからこの点を原決定の如く混同し同一の占有の継続とみるのは誤まりである。

従つて、原決定は取消されるべきである。

以上

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